人類最初期の戦争に馬がいたとしたら 〜シュメール人とフルリ人〜
2015年06月15日

人類最初期の戦争に馬がいたとしたら 〜シュメール人とフルリ人〜

現在制作中の『馬RPG』は、大まかに言うとこんな内容です。

・馬と暮らす民が敵国に攻め込まれる。
・目的のためなら手段を選ばない美少女(ヒロイン)が指揮を取り、容赦なく敵を討ち滅ぼす。あるいはプレイヤーの手腕によっては侵略される。
・戦闘の成績によってストーリーが分岐する。一部のストーリーを見るためには、わざと負けないといけないこともある。
主人公は馬。(戦闘ではプレイヤーはヒロインとして指揮を取るため、厳密にはダブル主人公制かと思います)
・実は馬は人類を見守る存在。人の歴史は馬と共にある。

と言うことなので、馬さんには人類が初めて戦争をした頃から人類を見守っていてほしいんですよ。
なので、人類最初期の戦争に何とか馬を巻き込む捏造架空の歴史を考えてみました!

前回の記事を読まれていない方は、まずはそちらからお読みいただくことをおすすめいたします。
定住・農耕・牧畜→都市成立→集団同士の闘争(=戦争) 〜紀元前4000年紀の西アジアを中心に〜


さて、前回は、馬の家畜化が紀元前4000年頃ウクライナで始まり、紀元前3500年頃にメソポタミアで文明発達、紀元前3500〜3000年の間にメソポタミア北部で最古の侵略戦争があったことを確認しました。

そうすると、馬を絡めるには、コーカサス地方が鍵になりそうですよね。
騎馬遊牧民が誕生してトルコ(突厥)やイラン(ペルシャ)に行くにはまだまだ数千年の時がかかりますから。

地図


しかし、ウクライナとイラク地方の間のコーカサス地方には、カフカス山脈(コーカサス山脈)という壁が……。ここを馬連れて越えてきた人なんていたのかよ、と思いきや、もしかしたらフルリ人が越えてきたかも知れないんです。

フルリ人とは、後にミタンニ人になる人々です。

フルリ人 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/...(以下略)

〜引用〜

彼らは北メソポタミア、及びその東西の地域に居住していた。彼らの故郷は恐らくコーカサス山脈であり、北方から移住してきたと考えられるが、確かではない。

彼らは火葬の習慣と、戦場における馬と戦車(chariot)を導入した。

フルリ人は馬の使用と密接に関係していた。彼らは紀元前2000年頃、中央アジアからオリエントに馬を導入したかもしれない。相当数のフルリ人が住んでいたと考えられるイシュワの国名は「馬の国」を意味する。

知られている限り最初のフルリ人の王国は紀元前3千年紀の終わりにウルケシュ市の周辺に登場した。


〜引用ここまで〜

フルリ人の最初の王国ができるのは紀元前2500〜2000年頃で、それからミタンニ王国が建国されたものと思われますが、王国とまでいかず「都市」でよければ、もっと前からウルケシュという都市がありました。

ウルケシュ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/...(以下略)

「ウルケシュは紀元前4千年紀に、おそらくフルリ人によって建設されたが、その何世紀も前から集落があったとみられ」ているそうなので(Wikipedia情報なので、本当は鵜呑みにしてはいけないのですが)、紀元前3500〜3000年の頃には集落があったかも知れません。

そしてそして、驚くべきことに、その位置関係は……

モデル地図.png


最古の戦争の跡・ハモウカルのすぐ北だったのです!

もしかしたら、人類最初の戦争があった頃、少数のフルリ人と馬はすでにこの地に辿りついていて、戦争を目の当たりにしたかも知れない――。そんな空想をさせてくれる程度には、ロマンのある話ではありませんか`・ω・´

ゲームの舞台のモデルはここ、ウルケシュの集落で決定です!
プレイヤーサイドのモデルはフルリ人、敵のモデルはシュメール人ですね。

次回は制作途中のゲーム画面をお見せしたいところですが、土日も仕事があったりするので、次いつ更新できるか残念ながらはっきりとしません。
もし、次の記事まで楽しみに待っていてくださる方が1人でもいらっしゃるなら、本当に嬉しいです。
最後までお読みいただきありがとうございましたm(__)m
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posted by Rei Yumesaki at 02:27 | 制作日記 ゲーム | 更新情報をチェックする
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