2015年07月06日

近況報告 退職進展・Audacity・その他

ご無沙汰しております。

7/1にはもう一度課長から退職の意志を確認され、そろそろ退職願を……という話になりました。
フォーマットは課長補佐が送ってくださるそうです。優しすぎませんか;ω;
正式に退職願を出したら、また記事を書きます。

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最近はAudacity講座を見直す作業を行っています。
Audacity、公式サイトが更新されたり大幅アップデートがあったりしていろいろ変わったみたいなので……。
お前ゲーム作るって言ってたのにそんなことやってる場合じゃないだろうと思われるかも知れませんが、後でブログのネタになりそうな話があるんです。数か月後には事情を詳しく話せると思いますので、今は突っ込まないでいただけると幸いです。

ちなみにAudacityとは、無料の音声編集ソフトのことですが、僕にとっては浅からぬ縁のあるソフトです。
何せ、僕のホームページ『Re:I』に毎日500〜1000ものアクセスがあるのは、このソフトのおかげなのですから。
Re:Iはゲーム・音楽・効果音フリー素材・哲学等、幅広いコンテンツが特徴のサイトですが、多くの方は「Audacity講座」を求めていらっしゃるようです。WEB拍手のコメントで説明が分かりやすいと言っていただけることもあり、長年に渡り、自分は人の役に立っていると感じさせてもらっていました。

最近は最新版の話も載せてほしいというコメントをいただいたり、上記のブログのネタになりそうな話の件があったりしたので、久しぶりにAudacityともう一度向き合ってみようかと思ったのです。

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また、いつも閲覧・WEB拍手・メッセージありがとうございます。
大変励みになっておりますm(__)m

普段はWEB拍手にメッセージをいただいても返信などはしないのですが、前のブログ記事で誤解を招く書き方をしてしまったようなので、お詫びと訂正をさせていただきます。

7/5に僕は非常に親身なメッセージをいただきました。メッセージをくださった方、気にかけていただきまして、本当にありがとうございます。恐れ入ります。
その方は、6/22の記事「【実録! 退職物語7】休日出勤中に他の部署の人に言われたこと、夢を追うということ」をお読みになり、「暇つぶし用のスマホアプリをいじるだけが生きがいの人々」という言葉に違和感を感じられたとのことでした。

自分の作品が人の生きがい(僕がよく「支え」という言葉を使って表現しているもの)になることを願ってクリエイターを志す者が、スマホアプリを生きがいにしている人を「暇つぶし」「いじる“だけ”が生きがい」と言った「否定的な」言葉で表現することに、矛盾を感じられたのだと思います。

まず申し上げておきたいのは、隙間時間で遊べるタイプのゲームを否定しているわけではないということです。それが人を和ませ、あるいは興奮させ、毎日の生きる糧になっているのなら、そんなゲームに出会えた人を祝福し、そんなゲームを作ることのできた方々を尊敬しています。暇つぶしだって人間には必要です。
と言うわけですので、「暇つぶし」の方は特に否定的な言葉として使ったわけではないのですが、暇つぶし=低俗でつまらない、というイメージで読まれてしまったのでしたら、誤解を招く表現をしてしまい申し訳ございませんでした。

「いじるだけが生きがい」の方についてですが、この“だけ”には2つの意味が込められていました。

@自分で生産したいという欲求が少なく、消費者でいる“だけ”で満足できる人。

「自分の世界を表現したい」「消費者に提供したい」という欲求を持つ人間は、消費者でいるだけでは満足できないため苦しむ羽目になり、そんな欲求が初めからない人間は、他人の提供する娯楽を享受する“だけ”で満足できる。
また、勤務時間を短くしたいというのは多くの労働者に共通する想いだが、消費志向の人は「早く帰って消費活動を楽しみたい」と思い、生産志向の人は「早く帰って○○を作りたい」と考える。

どちらがよいかという問題ではなく、人間には性質の違いがあるのだという話です。今の職場には消費志向の人が圧倒的に多いので、生産志向の僕は疎外感を感じることもありました。

どんな仕事でも何かしらを生産しているのですが、商品や部署によって生産に関われる度合いは違いますし、そもそもそれが自分の生産したいものとは限りません。自分の生産したいものを生産して生きていくということは本当に辛く厳しいもので、生産欲求が強いほど辛い思いをするものだと思います。

だから僕は、「スマホアプリをいじるだけが生きがい」の人が正直羨ましいんですよ。

“だけ”という言葉に刺を感じるなら、「それで満足できる性格に生まれ育ってよかったですね。僕はそんな風に幸せには生きられませんけど、僕の苦しみなんてあなた方には分からないでしょうね。分をわきまえている賢いあなた方には、分不相応な願いを表に出してしまった僕が、相当恥ずかしい存在に見えていることでしょうね。生まれてきてすみませんでしたね」……という僻みが、文章に現れてしまったのだと思います^^; お恥ずかしい……。

(このブログのコンセプトの1つに「臆病な僕の挑戦」というものがありますが、上の一文を読むだけで、僕がどれだけ臆病な性格なのか感じていただけるでしょう´・ω・` 僕ほど情けなく臆病な人間はめったに見ません)


2つ目の意味は、
Aそのスマホアプリしか楽しみがないとぼやいている気の毒な人。

今あるアプリで満足できている@の人とは違い、本当はそのアプリ以外の楽しみも必要としているのに、他に楽しいことがないから仕方なくそれで暇をつぶしているような人のことです。
そういう人には、早く他の楽しみが見つかればいいのにと思います。ゲームでも、ゲーム以外のことでも。


どちらも「スマホアプリをいじるだけが生きがいの人々」ではあるのですが、図解するとこんな感じです。

スマホアプリをいじるだけが生きがいの人々
   →@満足している人
   →A実は不満な人


@の人と、Aの一部の人(今やっているゲームで満足できないのは、好みのゲームに出会っていないからとは限らず、その人にはゲームより向いた娯楽がある可能性もあります)も、ゲームに癒しや楽しみを求める人――僕的には仕事仲間というより、潜在顧客なんですよね。
楽しみがなければやっていられないという人、前の記事から引用するなら「与えられた仕事を嫌々こなしながら漫然と過ごし」ている人の支えとなるようなものを作ることが、僕の夢なのですから。
「スマホアプリをいじるだけが生きがいの人々と、これ以上一緒に働きたくない」というのは、そういうことなんです。顧客と一緒に働いている場合じゃないだろ、と。(もちろん、一緒に働いた経験はこれからの活動の糧になるので、無駄な時間を過ごしたとは一切思っていませんが)

そこには決して、スマホアプリによる暇つぶしを否定する意図はありませんでした。「スマホアプリをいじるだけが生きがいであることが嫌」なのではなく、「スマホアプリをいじるだけが生きがいの人々とこれ以上一緒に働くことが嫌」なのです。それはスマホアプリを見下しているからではなくて、「スマホアプリをいじるだけが生きがいの人々」と同じ人生を歩むことは僕にはできないと分かったからです。

人と同じレールで走り続けたら、僕は一生苦しみ続けることになる。脱線するなら走り出しで速度が低い今のうち。このままだとこのレールから降りられなくなるぞ!

そう感じて、一か八かの大脱線を起こすわけです。大惨事になるのは目に見えてるんですけどね。やってみないと諦められなくて´・ω・`


長々と書いてしまい申し訳ありません。
更新頻度は低めですが、今後ともたまに覗きに来ていただけると大変嬉しいです。


【実録! 退職物語】時系列順シリーズまとめ(目次)
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*タグ:audacity 退職
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